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●晴れと褻 ハレとケ

アジア 日本 AD 

 日本人の精神構造を示すことばであるとともに,日本民俗学における民俗文化理解のための概念の一つ。

【民俗語彙としてのハレとケ】ハレということばは〈晴れがましい〉〈晴ればれとした〉という使い方や,晴衣・晴事などと称するごとく,普段と異なった特別の事柄およびそれに対する観念感情を示している。しかしながら,民俗語彙としては祭日の総称としてヒノハレ・ハレと呼ぶ場合が認められる他はあまり使われていない。これに対してケという民俗語彙は多く,たとえば普段着を“ケギ”と呼ぶ地方が広くあり,普段着を示す古語がケゴであったと考えられている。とくにケのつくことばは食事に関するものが多い。米をケシネ,なまってケセネ・キスネなどと呼ぶところが広く分布し,米の貯蔵容器をキシネビツ・ケセネビツと呼ぶ地方も広く見られる。このほか三度の食事以外の間食をケンズイ,食事時のことをケドキ,里芋のことをケイモと称する例もその代表的なことばと言えよう。このように普段の日・日常態をさすケということばがとくに食制に関するものに多い点は注目されることで,食事そのものが人間にとって必要不可欠のものであることからして,それを端的に言い表したものと言える。いずれにしてもハレとケの組み合わせによって民俗文化が構成されているのであり,一年を単位として繰り返される年中行事,一生を単位としてその折り目ごとに行われる通過儀礼などはすべてハレの日であり,より古くは神祭りの日であったのである。たとえば農耕儀礼と総称される行事群も,年頭に当たって一年の安全と豊穣を祈る予祝行事,種蒔時の播種儀礼田植儀礼,雨乞い・虫送りなどの推移儀礼,収穫儀礼というように農作業の区切りと農作物の生育につれてハレの日が設定され,それぞれにおいて神祭りが執行されてきた。今日ではハレがもつ神祭り的要素は希薄化してきてはいるが,普段の日の連続に区切りをつけるハレがもつ機能は変わるところがない。つまりハレとケの両者が組み合わされることによって生活全体にリズムが生まれていると言える。

【民俗文化理解としてのハレとケ】1970年代以降,日本民俗文化を理解する概念としてのハレとケに関する活発な議論がなされてきた。この議論で注目すべき点は,ケガレという概念が重要な位置を占めてきたことであり,ケとケガレの意味と語源,ハレ・ケ・ケガレの観念と三者の相関関係,デュルケムに代表されるような西洋的“聖と俗”概念との関係などが主要な論点になっていると言えよう。まずハレとケという概念は,西洋的な相対立する概念としての聖と俗とは異なり,転換可能な融通無碍なる概念であるとする見解,民間信仰の構造的理解のためにはハレ・ケ・ケガレの三極構造をもって理解すべきであるとする見解などが提示されて,ハレ・ケ・ケガレに関する再検討が始まった。このうち,聖と俗とハレとケとは異なるという考え方は,後の議論の共通認識となった感を与えているが,必ずしも問題が解決されたというわけではない。同時にハレ・ケガレの概念は,西洋的な聖なる概念を二分したところがあり,ハレとケガレは正常な日常態たるケに対して異常なるものであるが,前者のハレは善・好ましいもの・清浄・神聖という観念が含まれ,後者のケガレは不浄・好ましからざるもの・邪悪・不運などの観念が含まれており,こうした観念は聖なる概念にも認めることができる。その後ケということばが食物に多い点に注目し,ケは日常態を維持するエネルギーであり,そのエネルギーが衰退する状態,つまり〈毛枯し〉た状態がケガレであるとともに,そのケガレを回復させるためにハレの行事が行われるというケ→ケガレ,ケガレ→ハレ,ハレ→ケという循環構造として理解する見解が示される。さらにその〈毛枯れ〉説をより一般化する見解,つまりケガレは〈気離れ〉であり,活力が衰える生命の危機的状態をさし,それが含む観念の汚穢・穢悪などの観念は神社神道が強調したものであること,循環構造よりもケ→ケガレ,ケガレ→ハレが対立する概念であるとする考え方が示された。さらに,ケガレの語源に関して,〈毛枯れ〉〈気離れ〉説がとるケ-カレではなく,ケガとレに理解すべきで,悪しきもの・罪を表すクガに由来するこいう考え方もある。また民俗学が一般に単一的・同質的民俗文化を前提として議論を進めてきたのとは異なり,日本民俗文化を複合文化とする観点からハレを宮廷文化・公的文化・稲作文化,ケを私的文化・非稲作文化とする見解,ケは非人格的な神秘的・超自然力であるマナに相当する外来魂であり,衣類のケギと食物のケとは別系ではないかとする考え方などが提示されている。以上のごとく1970年代以来,ハレ・ケ・ケガレをめぐって各種の見解が示されてきたが,必ずしも一致した見解に到達しているわけではなく,今後もさまざまな見解が云々されるものと思われる。しかしハレ・ケ・ケガレが日本民俗文化の構造的理解を深める上の重要な概念であることはほぼ一致しているところであろう。

〔参考文献〕桜井徳太郎『日本民俗宗教論』1982,春秋社

宮田登『神の民俗誌』1979,岩波書店

坪井洋文『稲を選んだ日本人』1981,未来社

波平恵美子『ケガレの構造』1984,青土社

桜井徳太郎ほか『共同討議 ハレ・ケ・ケガレ』1984,青土社