●ハルデンベルク
ヨーロッパ ヨーロッパ AD1750
1750〜1822 プロイセンの政治家。宰相(1820〜1822)。法律を学んでハノーヴァー官吏になる。1783年ブラウンシュヴァイク,1790年アンスバハ・バイロイトで仕事についた後,プロイセンの大臣になり,1795年フランスとのバーゼル講和の締結に尽くし,1798年州務,1804年ベルリンで外務大臣,1807年短期間首相。ティルジット和約後ナポレオンにより罷免され,引退中『リガの覚え書』を著し(1807),フランスを手本にした国の改革を求めた。1810年ナポレオンの承認を得て宰相となり,シュタインの後継者となってプロイセン改革を進めた。その内容は,営業の自由・ツンフト特権の除去・ユダヤ人の解放・国内関税撤廃であり,税制改革にも着手したが貴族の反抗で不十分であった。1814年のウィーン会議にはプロイセンを代表してフンボルトとともに出席した。1819年のカールスバート決議以後は,反動化の波のなかで政治的影響力をなくした。