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●ハリマン

北アメリカ アメリカ合衆国 AD1891 

 1891〜 米国の鉄道界に名を馳せたエドワード=H. ハリマンの息子。イェール大学を卒業後,鉄道界に入る。ユニオン=パシフィック鉄道会社会長(1932〜1946)等を歴任。しかし,実業家としてより民主党政府の高官としての活躍の方が名高い。

 その最初は,ルーズヴェルト大統領に起用され,1934年 NAR(国家復興庁)に務め,第二次世界大戦に至り米英間の武器貸与調整官(1941)となる。1943年に駐ソ大使となり(1946年まで),テヘラン会議およびヤルタ会談に出席する。戦後はともかく,この間の彼の対ソ観はチャーチルと対照的であったと言われる。 トルーマン大統領は,彼を駐英大使(1946),商務長官(1946〜1948)およびマーシャル経済復興計画実施のための在欧移動大使(1948〜1950)に任じた。また,米国の対外軍事経済援助を所管する MSA(相互安全保障局)の長官(1951〜1953),イラン石油をめぐる英イ間紛争調停のための大統領特使(1951)にも任じられている。

 その後,ニューヨーク州知事(1954〜1958)。ケネディ−ジョンソン政治下で国務省次官補(極東アジア担当,1961〜1963)と同省次官(政治担当,1963〜1965)を務め,ヴェトナム戦争のパリ会議の米代表としても活躍した。