●ハリス
北アメリカ アメリカ合衆国 AD1804
1804〜1878 アメリカ合衆国の外交官。幕末の駐日総領事。ニューヨーク州ワシントン郡サンディーヒルに生まれ,中学卒業後,数年を経て家業の東洋の品を扱う陶磁器店を手伝った。父母の死後不況で店が倒産。その後,40代半ばを過ぎてから6年間東洋貿易を営み東洋の各地を旅行した。その間の一時期中国寧波(ニンポウ)の領事を任命されている。しかし,ハリスは駐日領事任命を望み,帰国してペリーらの推挙を得ることに成功。1855年初代駐日総領事となった。1856年(安政3)下田に来航し仮領事館とした玉泉寺に入る。翌年下田条約(日米約定)を結び,江戸に出て老中堀田正睦らに世界情勢を説いて通商条約交渉を行った。条約案は議了したものの勅許が得られずにいたところ天津事件が起こり,ハリスは英仏軍の脅威を説いて1858年(安政6)条約調印に成功。次いで公使に昇進して麻布善福寺を公使館とした。1860年(万延1)米国の通訳官ヒュースケンが暗殺され,イギリス公使オールコックら各国代表が江戸から横浜に退去した際,ハリスは代表中ただひとり江戸に留まった。これは,ライバルのオールコックへの対抗の意味もあったろうが,代表中では幕府への信頼が厚かったからである。1862年(文久2)帰国,フランス動物愛護協会会員などになった。滞日中の日記は,『日本滞在記』(「The Complete of Townsend Harris」1930)として公刊された。生涯独身であった。
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