●パリ陥落 パリかんらく
ヨーロッパ フランス共和国 AD1940
1940年6月19日のドイツ軍によるパリ占領。1944年8月25日のパリ解放までこの状態が続く。1939年9月3日フランスはドイツに宣戦したが,以後7カ月間,フランス側のマジノ線とドイツ側のジークフリート線を挟んで積極的な戦闘活動のない,いわゆる〈奇妙な戦争〉が続いた。しかし1940年5月10日,ドイツが電撃戦を開始するや,スダン(セダン),アルデンヌの森,フランス・ベルギー国境が突破される。マジノ線に対する信頼が脆くも崩れ,ドイツ軍の殺到を前にしたレイノー内閣はパリの無防備都市宣言を行い(6月11日),政府をトゥール,次いでボルドーに移転する(14日)。パリ陥落の翌々日,海外領土からの抗戦を主張するレイノーは首相を辞任し,全面的休戦論をとるペタンが17日に内閣を組織。同日,ド=ゴールはロンドンに渡る。22日には,1918年11月11日の第一次世界大戦休戦協定調印と同じコンピエーニュの森でフランスにとって厳しい内容の休戦協定がドイツとの間で結ばれた。