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●パラグアイ

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 南米大陸の真ん中よりやや南に位置し,北東をブラジル,北西をボリビア,南をアルゼンチンに囲まれた内陸国。面積は4万6,752平方kmで日本よりやや大。人口は326万8,000人(1981)。首都はアスンシオン市。日本移民も1936年より入植(ラ=コルメナ移住地)し,現在2・3世,長期滞在者を含めると約8,000人と推定。政体は立憲共和制。国語はスペイン語であるが,原住民のグアラニー語も広く使用される。国教はカトリック教。地形は国の中央部を南北にパラグアイ川が流れ,南東部が森林の多い丘陵と肥沃な平原地帯で農耕に適す。西北部はチャコ地方で,塩分の多い荒野で牧畜に利用,原野は野生動物の宝庫。気候は熱帯または亜熱帯に属し乾季と雨季をもつ。年平均気温は約24℃であるが寒暑の差が激しい。住民の96%が原住民であるインディオのグアラニー族とスペイン系白人との混血で,彼らがパラクアイ人と称される。純粋のスペイン人等の白人が全体の2%。このなかにはドイツ・ポーランド・ロシア系が見られ,とくにドイツ系カトリック教メノニータ派の集団が辺境の地で開拓に従事する。純粋のグアラニー族が2%で,黒人は皆無。産業は農・牧業が盛んで,主要農産物は自給作物としてトウモロコシ・マンジョカ・豆類など,商品作物として綿花・サトウキビ・ダイズ・マテ茶・桐油など。ケブラチョ(タンニンの原料)ほか木材も輸出される。大土地所有制度が根強く残り,住民の大部分が小作農。パラグアイはスペインの植民地時代,南米のなかでは比較的早く発展を遂げた地域であった。原住民グアラニー族が住んでいた同地は,西洋人としては1524年にアレホ=ガルシア,1526年にはセバスティアン=ガボットの探検によって発見された。1536年ファン=デ=アヨーラスドミンゴ=イララによってアスンシオンに植民地が建設され,1556年までイララに統治された。1542年にはスペインによる総督領が成立し,アスンシオンラプラタ地域の中心的存在となった。その版図は現在のウルグアイ全土,アルゼンチンの四州,ブラジルの一部にまで及んだ。16世紀末から開始されたイエズス会の布教活動は原住民の文明開化に大きく貢献し,彼らの築いた布教区(32の伝道集落・十万人余)はブラジルからの侵略者に対する防壁の役割を果たした。1767年このイエズス会がスペイン国王カルロス3世により追放された結果,グアラニー族は西欧風習慣を失いもとの未開社会の生活へ戻った。1811年パラグアイはアルゼンチンに抵抗して独立し,1944年には共和国となる。アントニオおよびソラノ=ロペス父子の独裁的政治が行われ国勢大いにあがった。しかし,二回にわたる周辺諸国との戦争,パラグアイ戦争(1868〜1870)とチャコ戦争(1932〜1935)を行い,その敗戦などの影響により国の疲弊をきたしてしまった。パラグアイの文化はスペイン植民地の文化に,グアラニー族の伝統が今なお残る独特のもので,孤立的な地理的位置ともあいまって独自の民族主義を発達させてきた。国民は純朴で楽天的であり,音楽を愛好し,ハープを使用したパラグアイ音楽は素朴な哀愁を帯びて世界的に有名。独特の刺繍を施した民族衣装も見られる。

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