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●早物語 はやものがたり

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 語り物。早口で一気呵成に語るもので,土地によってはこれを“早口物語”というところがある。笑いを期待する早口な語り調子や,語りの内容に独自の世界がある。とくに,早物語を始める際の冒頭句は,〈ソーレ物語 語り候〉または〈ソーレ物語 語るをもっての物語〉など特有のものである。“早物語”の文字の初出は『経覚私要鈔』である。これは岡見正雄によって指摘されている。〈巳下刻盲目参賀十五人。(略)稲花申之。器用者在之。平家一句可語由仰之間。一句語之。其後給暇了。有能者可申之由仰之間。早物語申之。一興〉

『経覚私要鈔』中,〈文明三年正月十四日〉の条にはこのような一節が見える。なかで〈稲花〉の意は判らない。しかし,正月参賀の盲人たちのなかに,巧みに“平家”を語る者がおり,その“平家”を語った合間に“早物語”を披露した。それが大層面白かったとする内容からは,“早物語”が語られる事情と状況がよく判る。すなわち,“早物語”はそもそもが“平家”を語る盲目の法師たちに管理されていたことが知られる。加えてそれが座興のひとつであったことを考えるとき,それが盲目の法師たちの裏芸であったことに思い至る。しかして一方で“平家”を語る法師たちがなぜこうした“早物語”を管理伝承していたのか。その問いかけをするとき,次の「狂言」「丼礑」は,よい手がかりを与えてくれる。

〈シテ やい。汝にいつぞは言はう言はうと思うてゐた。そなたもいつがいつまでも,小歌や早物語でも済むまい程に,平家をちと稽古したならばよからう。

 菊市 これは私の方より内内願ひますところに仰せ出だされてござる。御指南をなされて下されうならば,忝けなう存じまする。

 シテ それならば幸ひ邊に人もゐぬさうな。そちが稽古の為に,一句語って聞さうぞ。

 菊市 それは忝けなう存じまする。

 シテ (平家)そもそも一の谷の合戦敗れしかば,われもわれもと高名せんと駈け廻る程に,跟を切られてにじるもあり,頤をはつられてかかゆる者もあり。入り乱れたる合戦なれば,跟を取って頤につけ,頤を取って跟につくる程に,生えうず事と跟に髭が生え,頤に皹が二,三百ほかりほかりと切れにけり〉

 ここには“早物語”が単にそれが裏芸であったばかりではなく,実はそれこそが正式に“平家”を語るに至るまでのいわば稽古台であったことが示されている。内容は“平家”に基づいて,これを積極的にくどきその上で笑いを期待しているのが判る。おそらく最後の部分を早口で一気に弁じたてたのであろう。こうして早口で語るがゆえに“早物語”と呼ばれたと一般に解釈されている。しかしそうばかりとは限らない。もともと“早”には即興・臨機応変の意があった。したがって“早物語”には元来即興もしくは咄嵯の物語という意味が併せ含まれていたと考えられる。それについては,菅江真澄『かすむこまがた』の文中に“早物語”があって,それを裏付けるような内容がある。注目すべきであろう。

〈ソーレ物語 語り候 語ればもっての物語り 一反畑に瓜作り 二反畑に花が咲き 三反畑に大瓜ゴロゴロ ゴロッとなったの物語り ところが隣の裸野郎が来て 裸懐でヒットコ ヒットコに椀で行ったの物語り 座頭に見つけられ,唖に声掛げられ 手無し掴められ 足無しに追われ 棒で縛れや 縄で叩げ ジャホエ ジャホエと追ったの物語り ところで 家の前の垣柴を潜るとて 踵のわり筋から甲どこまで 蚯蚓のようだ 棘をベロベロベッツリと刺した物語り こう臼で掘っても抜げない 杵でしても抜げない ところで ゆわの牛蒡畑の雑魚 海のふぐだち 焼いてといでつけたれば 昨日の今時分 ベロベロベッツリと抜げだの物語〉

〈ソーレ物語 語り候 語ればもつての物語 とんとん とん三郎さ鉈一丁貸した 二日目に取りに行ったてば ほんた鉈借ってこね 三日目に取りに行ったてば 見たこどもねえ鉈借ってこね 四日目に取りに行ったてば 用もねえ鉈借ってこね 五日目に取りに行ったてば 何時鉈借ってきた 七日目に取りに行ったでば なんて鉈借ってきた 八日目に取りに行ったてば やっちもねえ鉈借ってこね 九日目に取りに行ったてば 苦情の高え鉈借ってこね 十日目に取りに行ったてば,とんでもねえこどいってくるな とうどう とん三郎に鉈一丁取られだの物語り〉

〔参考文献〕菅江真澄『ひなのひとふし』

安間清『早物語覚え書』