●林遠里 はやしおんり
アジア 日本 AD1831 江戸時代
1831〜1906(天保2〜明治39)明治農法の確立に活躍した明治三老農のひとり。福岡藩の銃術指南役林直内の二男に生まれた武士であったが,廃藩後には早良郡入部村重留(現福岡市早良区重留)に居住し,農業技術の改善に着手した。遠里の農業理論はいわゆる「寒水浸法」「土囲法」と呼ばれる技術であり,植物の種子は天然のままの状態ですごすことが天の理にかなっており,稲の種もみは秋から翌春にかけて水中や土中に保管することを提唱した。1877年(明治10)に『勧農新書』を出版し,さらに1879年に興産社,1883年に勧農社を設立してこの農法の積極的な普及・宣伝活動を行い,一時は全国各地に多くの支持者を獲得した。しかし,明治20年代には科学的根拠と実効を伴わない技術として否定された。ただし,遠里の近代日本農業への最大の貢献は全国各地で活躍した馬耕教師たちの教育・指導事業に求めることができる。福岡在来の抱持立犂という無床犂を全国に普及させ,明治農法の確立に大きな足跡を残したのである。