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●林銑十郎 はやしせんじゅうろう

アジア 日本 AD1876 明治時代

 1876〜1943(明治9〜昭和18)軍人,陸軍大将。金沢市生まれ。1896年(明治29)陸軍士官学校卒(第8期)。1903年(明治36)陸軍大学校卒業。1925年歩兵第二旅団長・東京湾要塞司令官・陸軍大学校長・近衛師団長などを歴任後,1930年12月朝鮮軍司令官に就任,翌1931年満州事変がおこると,関東軍の要請で独断で朝鮮軍を満州(現・中国東北部)に派遣し「越境将軍」の異名を得た。1932年(昭和7)大将に昇進。教育総監を経て,1934年(昭和9)1月岡田啓介内閣の陸相となり,真崎教育総監更迭など当時の陸軍の派閥抗争のなかにあって統制派の「ロボット」と目された。1936年(昭和11)二・二六事件ののち予備役に編入。1937年2月広田内閣の後を継いで内閣を組織したが,総選挙で敗北しわずか4カ月で総辞職した。のち内閣参議・大日本興亜同盟総裁を歴任した。

〔参考文献〕佐伯平造・栄谷貞吉『宰相林銑十郎』1937,静軒会

樺山文義『林銑十郎傅』1937,北斗書房