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●ハムダーン朝 ハムダーンちょう

AD944 

 タグリブ族出身のアラブ,ハムダーン・イブン・ハムドゥーンの後裔が建てた王朝(944〜1003)。ハムドゥーンは9世紀後半イラクのマウスィル周辺で活躍した武将であったが,息子のアブ=ル=ハイジャーウもアッバース朝により,マウスィルを含むジャジーラ地方の大守に任命されている。その子アブ=ル=ハサンは,944年に北シリアに向かい,イフシード朝からアレッポとヒムスを奪いとりそこに小王朝を確立した。この地の民衆は,依然ウマイヤ朝の過去の栄光に想いを馳せており,アッバース朝に対しては不満を隠さなかった。それゆえアレッポを首都として北シリアを団結させたこの小王朝は,民衆から強い支持を受けていた。王朝創設後アブ=ル=ハサンは,毎年のように東方への進出を狙うビザンツ軍と精力的に戦っている。その功により彼はサイフッ=ダウラ(王朝の剣)と呼ばれ尊敬の的となった。しかしこの王朝で特筆されるべきことは,君主たちの文芸愛好の気風にある。ビザンツ・ファーティマ朝といった大国の間に挟まれつねに戦乱に脅かされていたが,この王朝の宮廷においては大哲学者ファーラービー,『詩歌の書』で有名な文人イスファハーニー,優れた詩人ムタナッビーなどが手厚い庇護を受けている。君主自ら優れた詩人であるこの王朝の文芸愛好の気風は,戦乱に明け暮れたこの時代において一服の清涼剤であるが,政治的にはビザンツの力に抗しきれず,第3代サイードッ=ダウラは余儀なくファーティマ朝に臣従している。しかしこれも効なくその後ほどなくして滅亡した。