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●ハミ 哈密

アジア モンゴル国 AD 

 天山山脈東端部の南麓に位置するオアシス。モンゴル語のハミル(哈密力)の漢訳。中国では古く伊吾廬,別名伊吾。天山山脈の南北に沿う通路の合流点に位置し,モンゴリアに接壌のため国際交易の一大中心地として栄えた。商人主体の住民は匈奴・柔然・鉄勒突厥・ウイグルなど遊牧騎馬民族の保護を受けて商業活動を営む代わり税を納めた。商・牧社会共存の体制である。一方中国諸王朝は西域経営を推進するためここに基地を設けようとした。[1]後漢は73年(永平16)に伊吾屯田を設け,まもなく北匈奴が奪回。[2]隋は603年(仁寿3),新伊吾城(伊吾郡)を築くが放棄。[3]唐は630年(貞観4),伊吾商人集団の降状を受け伊州を置き三県を設けたが安史の乱後ウイグルの支配下に入る。[4]明は1406年(永楽4)に基地を設け1528年(嘉靖7)に放棄。ジュンガル=ハン国の領土となる。[5]清は1698年(康煕37)ジュンガル=ハン国滅亡後領土に加えた。この状態は以後変わらず,現在では蘭新鉄道の一駅となり,新疆開発の拠点として重要視されている。