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●浜口雄幸 はまぐちおさち

アジア 日本 AD1870 明治時代

 1870〜1931(明治3〜昭和6)高知県出身で,東大卒業後,大蔵省に入省,専売局長官,逓信次官を歴任。1913年(大正2)立憲同志会に入党し1915年(大正4)に代議士に当選。これより以後,憲政会の幹部となり,1924年(大正13)の第一次加藤高明内閣の蔵相,1925年(大正14)の第二次加藤高明内閣の蔵相,1926年(大正15・昭和1)の第一次若槻礼次郎内閣の内相を歴任した。1927年(昭和2)立憲民政党の結成とともに総裁となり,1927年(昭和2)7月民政党内閣を組閣し首相となった。金解禁・緊縮財政・産業合理化などの政策を発表し,1930年(昭和5)に金解禁を断行し,また産業の重化学工業化・産業合理化をはかった。このほか,ロンドン海軍軍縮条約に調印し統帥権干犯問題を引きおこしたが,協調外交を展開した。しかしこれらの政策は右翼の反感をかい,1930年(昭和5)11月,東京駅で狙撃されそれがもとで翌年に死亡した。

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