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●破風墓 はふうばか

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 もとはファーフバカ(破風墓)と言い,屋根のつくりが破風型をしている墓。沖縄に初めて現れた破風墓は,1501年(文亀6)に創建された第二尚氏王統歴代の陵,玉陵である。この墓は岩壁を掘削した洞穴を墓窖にして中央に洗骨前の遺骸を置き,東側に洗骨後の国王および王妃,西側に正嫡以外の家族の遺骨が納められた。首里王府時代は庶民の築造を禁じたので,一般に普及したのは廃藩置県後から大正・昭和初期にかけてである。戦後流行したセメントブロック造りの家形墓は,家屋と同様に平地に築造され,初期の岩壁を掘削して墓窖を有した墓とは異なる。破風墓の分布は南は与那国島から北は伊平屋島まで広い。与論島にもウチナーバカ(沖縄墓)と呼ばれる破風墓が二基ある。

〔参考文献〕名嘉真宜勝他『沖縄奄美の葬送墓制』1979,明玄書房