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●バーバクの乱 バーバクのらん

NIS諸国 アゼルバイジャン共和国 AD816 

 アゼルバイジャンのホッラム教の指導者バーバク(イラン名パーパクのアラビア語化)による反乱(816〜837)。バーバクはマダイン(クテシフォン)の人で,アゼルバイジャンのホッラム教の指導者ジャウィーザーンの弟子となり,師の没後,教団を受け継ぎ,816年山岳地帯にたてこもって反乱をおこした。反徒はたちまち東はホラーサーンから西はアルメニアにわたる広大な地域を支配し,都市と通商路を脅かした。アッバース朝側は,最初無為のままであったが,835年カリフ,ムータシム(在位833〜842)は将軍アフシーン(?〜841)を派遣し,数度の失敗の後に援軍を得て837年バーバクの本拠を陥落させた。彼はアルメニアに逃れたが,身柄をアフシーンに引き渡され翌年サーマッラーで処刑された。しかし,彼を隠れメシアと信じていたホッラム教徒は,11世紀末までアゼルバイジャンの山中に残存したとされている。