●埴輪 はにわ
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日本の古墳の墳丘の外表にすそををいくらか埋ずめて立てた赤褐色素焼の中空の土製品をいう。まれには灰色の陶質のものもある。種類は円筒形をしている円筒埴輪と,動物・人物・家・器財のごとき形象埴輪に大別できる。前者は墳丘の土留めにあるいは境界を示すために置かれ,後者は葬送の儀礼あるいは祭祀用に用いられ,墳丘頂上や下に置かれている。形象埴輪からは古墳時代人の暮らしを復元するのに役立つものが少なくない。これをより具体的に説明しよう。【埴輪の種類】円筒埴輪にも筒形円筒埴輪・鰭付円筒埴輪・壺形埴輪・櫃形埴輪がある。それぞれ特徴があるが,形象埴輪はそれ以上に多彩を極めている。形象埴輪は家形埴輪・人物埴輪・動物埴輪・器財(具)埴輪の四つに分類することができる。家形は平床が多くまれには高床がある。入母屋・切妻・四阿・天地根元造りの屋根の構造をもつ四つでもある。人物埴輪は,武装したものから,農夫・子守り・楽人・付人・巫女・侍女まで存在し,老若男女の人々などをかたどり,古代の人々の日常態から盛装まで知ることができる。短甲着装の埴輪は少ない。むしろ拮甲・冑を着けている。動物埴輪の場合も飾りつけがされ,馬が多く,犬・鹿・猪・牛・猿・鶏・水鳥・鷹が多い。魚の埴輪はまったくない。器財埴輪は鎧・冑・草摺と大刀と剣,靫や盾・弓に靹・きぬがさ・さしば・冠・帽子などが多く,椅子・腰掛・高杯・合子(ごうす)・盤のごとき威儀具と儀仗具が多い。こうした事実を見ても葬儀・祭祀とのつながりがあると見るのがごく自然の推理と言えないだろうか。
【埴輪の製作】粘土板を貼りあわせて巻きあげてつくる。へらで仕上げをし,形象埴輪はまだ大量生産ができない。埴輪を焼くための窯はピット状の開口窯を用いていたが,その丘陵の斜面を選んで天井を地上にあらわした半地下式のものか,地下トンネル式の登り窯か,半地下有段,地下トンネル式の局部無蓋無段の登り窯が用いられている。500度くらいの低い火力でつくる素焼きである。まれに須恵窯の地下式登り窯を使った高い火度成のものがあるがまったく少ない。円筒埴輪は古墳時代全時期を通じてつくられており,ついで家形・きぬがさは前期に,中期後半より武器・武具・鳥・馬が多くなっていることが明らかである。
【埴輪の分布・色彩】青森・秋田を除く東北から九州までの全域にあるが富山・高知・長崎はない。家形・船・器財は近畿地方に見られる。色彩は前中期の円筒・器財埴輪はしばしば舟が見られるほか色彩がつけられたものもある。
【埴輪の起源】土師氏が後に埴輪をつくったことから野見宿祢が殉死者の代わりに埴輪をつくったという伝説となったと思われる。土師氏の祖とかかわる。しかし殉死の代わりだという説は巫女や人物埴輪からみて否定せざるを得ない。櫃形埴輪など葬礼供献用のものと見ることができる。したがって殯(もがり)のときに使用したとも考えられる。それゆえに供物供献の容器または器台にかかわるものが少なくないのである。聖域の区画区切りに用いられているのもこのためである。もちろん先述したごとく埴輪使用・製作の目的はさまざまであるから,目的も必ず一つとは限らない。これからその点の掘り下げが求められる。
〔参考文献〕三木文雄編『はにわ』日本の美術19,1967,至文堂
三木文雄編『はにわ』1958,講談社
増田精一「埴輪」