●パナマ運河 パナマうんが
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北アメリカと南アメリカとの境界に近いパナマ地峡を横断して,カリブ海(大西洋)と太平洋とを結ぶ運河。カリブ海岸のコロンから太平洋岸のバルボアに至る64.5kmの長さをもち,6対の閘門(長さ300m,幅33m,深さ22m)をもち,中央に人造湖ガツン湖(標高26m)がある。【運河建設の経緯】1869年,フランスが国際海洋運河会社を設立し,パナマ地峡を領有していたコロンビア政府と条約を結び,1879年,パナマ運河会社をつくり,翌年レセップスによって建設が着手された。しかし,熱帯の厳しい自然条件と黄熱病などの風土病と計画のずさんさも加わって,8年間にわたった工事は中断した。1902年,アメリカ合衆国はフランス運河会社の破産の後を受けて運河建設権を取得し,翌年コロンビアとの間に条約が調印され,運河の両岸からそれぞれ5マイル(幅16km)の運河地帯の永久租借権を得ることとなった。1904年5月から再開し,1914年8月15日,アメリカ陸軍技師ゴーサルズの指揮のもとに,アメリカ工兵隊と約4万3,000人の労働者(ヨーロッパ人1.2万・西インド諸島住民3.1万)が動員され,総工費約3億7,500万ドルを投じて完成した。この結果,アメリカ合衆国の東西両岸を緊密かつ迅速に結ぶこととなり,経済的・軍事的拡大の一環と見ることができる。
【運河の利用】ニューヨークとサンフランシスコ間は,ホーン岬を経由すると1万3,000海里であったが,パナマ運河経由では5,260海里と40%に短縮され,世界の海上交通に重要な役割を果たすとともに,北アメリカの東岸と西岸を結ぶルートとしても大きな役割を果たしている。船の通過には平均9〜10時間を要し,1日平均通航船舶数は40隻である。1982年には1万4,009隻の船舶,1万8,545万tの貨物を通過させ,船籍別では,アメリカ合衆国が2,473隻,パナマが1,805隻,リベリアが1,673隻,ギリシアが1,155隻,日本が1,145隻の順となっている。
【運河地帯】総面積1,676平方km,このうち42%は水域である。運河地帯は1951年の新制度による運河地帯政庁の管理下にあるが,パナマの運河地帯への主権要求の動きは,1964年の国旗掲揚事件を契機に交渉を促進させることとなり,1977年9月新条約が調印され,この骨子として,1999年12月31日後はパナマが運河の管理権を引き継ぐこと,国際水路として運河の中立が宣言された。また,運河通航料のなかからトンあたり30セント,運河収益から年間1,000万ドルと付帯サービス分配金を合わせ,年間平均8,000万ドルをパナマが受け取ることも記されている。
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