●パナマ
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中央アメリカ地峡部の最峡部分を占め,西はコスタリカ,東はコロンビアに接し,北はカリブ海,南は太平洋に面しS字形をした国である。中央部にはパナマ運河を含むアメリカ合衆国の租借地であるパナマ運河地帯(キャナル=ゾーン)があり,国土は東西に二分されている。国名は原住民のことばで「魚が豊富」なことを意味する。面積7.7万平方km(運河地帯を含む),人口194万人(1981),首都はパナマ。【風土】海岸線は複雑で,カリブ海岸は約770km,太平洋岸は約1,230kmに及び,中央部に海岸に平行して山脈が走り,運河地帯の西部にタバサラー山脈やコスタリカに続くタラマンカ山脈が,東部にはサンブラスとダリエン山脈がある。地峡部は狭いところで51km,広いところでも190kmにすぎず,ガツン湖の周辺は低地帯となっている。気温は高温多湿で,カリブ海側では年降水量3,000mm以上に達し,熱帯雨林が多くかつては不健康地であったが,最近では衛生状態がよくなり,水道の水が飲めるのは中央アメリカではパナマだけである。
【住民】住民の約70〜75%がインディオを含む混血(おもにメスチゾ)で,黒人は13〜14%,白人が9〜10%などとなっている。インディオは北からのマヤ系部族とコロンビアからのチブテャ族が定住していたが,スペイン人の侵入とともに山地に移動したり,スペイン人との同化や,その後黒人の流入によって同化し混血化してきた。公用語はスペイン語であるが,運河地帯の存在で都市では英語も用いられる。宗教は90%以上がカトリック教徒である。
【歴史】1502年,コロンブスはモスキート湾岸を探検し,1510年,東部のダリエン湾にスペインの植民地が建設された。1513年,V. バルボアはこの一帯を征服した。1519年,総督ダビラがパナマ市を建設し,1821年,スペインからの独立を宣言し,翌年パナマ地峡州としてグランコロンビア共和国の一員となった。さらに1830年,コロンビア共和国が誕生しこの国に併合された。1903年,アメリカ大統領 T. ルーズベルトは,コロンビア政府との間で運河の租借権の権利を得た。しかし,コロンビア議会は条約の批准を拒否したため,アメリカ合衆国はパナマに軍隊を派遣して,コロンビアからの独立を宣言させた上でパナマ運河の権利を認めさせ,翌年アメリカ合衆国によって再び運河建設が始まり1914年開通した。
【芸術】スペインによる植民化以前の約200年間,シティオコンテを中心にコクレ文化が栄え,その遺物は多色の文様の曲線の組み合わせによる壺・皿・鉢などや金細工として,チリキ・コクレ・ベラグアスの3カ所で発見されている。植民地時代の1690年に着工し,途中中断期が長かったが1762年完成した旧パナマ大聖堂は,鐘塔のほか壁面の一部が現存している。ベラグアス郊外のサンフランシスコ聖堂はバロック風の建築物として知られる。
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