●花の頭 はなのとう
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花の当,花の撓,花の塔とも書かれることがある。“とう”は頭もしくは当を宛てるのが本来の意味に近く,すなわち頭(当)人または頭(当)屋のことで,年番の司祭者を意味していたものと考えられる。したがって,花の頭とは祭りの際に花を供える役目,あるいはその行事をさした名称と言えよう。京都市の松尾神社の春の祭りには,以前は神幸に先だって馬に乗った稚児が牡丹の造花を神社に献納する儀式があり,この行事を花の頭と呼んでいた。この稚児は松尾神社の氏子にあたる七条千本の13軒の頭屋のうちから選ばれ,非常な格式をもっており,花の頭が済まぬ内は祭りができないとまで言われていた。名古屋市の熱田神宮では4月8日の豊年祭を以前は花の撓と呼び,町中でも卯の花を家々に飾り頭人が選ばれ神社に花を献じていたという。このほかにも花の頭と呼ばれる祭りは多く,卯月8日の行事との関連を考える説もある。