●花の御所 はなのごしょ
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足利義満以来の代々の足利将軍邸,室町第の異称。内裏の西北に位置し,北小路以北,柳原以南,室町以東,烏丸以西の地を占める。もとこの地にあった四辻季顕邸を足利義詮が買い崇光上皇に寄進して仙洞御所となっていたが,焼失して放置されていたのを義満がもらい受け,南隣の菊亭の跡地を含んで造営したものである。花御所の名は仙洞御所時代から見られる。御所は北側の花亭(北御所)と菊亭跡地の南御所から成り,義満は1377年(永和3)まず南御所に移り,1379年(康暦1)北御所に移っている。御所は室町小路に四足門を開き,邸内には中門・寝殿・東の廊・常御所・対屋・透渡殿・釣殿などの諸施設があり,これに大池が配される王朝風御所であった。その後,会所などの施設が建てられ政治とともに文化の中心ともなるが,1476年(文明8)11月,兵火による類焼のため一宇を残さず焼失した。1479年,再建造立事始が行われたが,花御所の名は以後も用いられている。