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●パトリキ

ヨーロッパ イタリア共和国 AD 

 ローマ共和政初期の貴族。共和政期のローマの歴史を通じてパトリキとプレブス(平民)の争いが見られるが,パトリキとプレブスの区分の起源や意義についてははっきりしていない。パトリキは氏族に分かれており共通の祭りを行った。血統を重んじ身分は閉鎖的で,十二表法によればプレブスとの通婚は認められていなかった。共和政初期には神官職・元老院・政務官を独占していた。しかしエトルリア人・ラテン人などとの戦争遂行のため武装自弁の重装歩兵の重要性が高まるとともに,プレブスとの身分闘争が強まり,パトリキは譲歩せざるを得なかった。前494年護民官の設置,前367年リキニウス=セクスティウス法によりコンスルの一人はプレブスから選出され,前287年ホルテンシウス法によって平民会決議が国法としてローマの全市民を拘束するようになり,パトリキの特権も失われ本来のパトリキ氏族も減少した。コンスタンティヌス大帝以後パトリキは単なる称号となった。