●ハドソン
ヨーロッパ 英国 AD1550 チューダー朝
1550ごろ〜1611 イギリスの探検家・航海者。北極海経由の中国航路を開拓するため4回の航海を行った。第1回目は1607年マスコヴィ会社のために西北航路の探検を行い,ジャンメイヤン島を発見,第2回も同社の要請で東北航路の探検を行い,1608年ロシアのノヴァヤゼムリャに達した。同年オランダ東インド会社から探検の企画を依頼され,1609年第3回目の航海に出た。テルセルからノヴァヤゼムリャ島に達したのち西進してアメリカ大陸に至り,チェサピーク湾・デラウェア湾・ニューヨーク湾に入りハドソン川を発見,同川をオルバニーまでさかのぼりニューアムステルダムの基礎をつくった。第4回目はイギリスの冒険商人ディッゲズらの援助で,1610年ハドソン湾・ジェームズ湾を探検。イギリスのこの地域に対する支配の基礎をつくったが,食糧不足のため乗組員と不和を生じ,息子および同志7人とともにボートに強制的に移されそのまま行方不明となった。