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●発展途上国 はってんとじょうこく

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 1人当たりの実質所得が低い国で,産業構造としては農林水産業,または鉱業にかたよっているモノカルチャー(単一栽培)のアジア・アフリカ・ラテンアメリカの国々をさしている。この概念は先進工業国と対比する形で用いられる。1960年代に低開発国と後進国という呼び名に代わって用いられるようになった。このことばは,1962年カイロで開かれた非同盟諸国の開発途上国経済開発会議で初めて用いられたもので,1964年の国連貿易開発会議(UNCTAD)総会でこの呼び方が採用されて以後,急速に国連用語として定着した。

第三世界】南やフランス語圏の人々によって用いられる呼び方に“第三世界”がある。この用語はフランス革命のときに新たに勃興しつつある市民階級を第三の身分として区別したのに擬えたものである。この場合,西側諸国や東側諸国をそれぞれ第一世界・第二世界と呼び,南を第三世界として区別する分け方である。これに対して,中国流の“三つの世界”論の考え方がある。1974年の国連資源特別総会で中国のトウ※注1※小平代表が提出したもので,超大国のソ連・アメリカを第一世界,日本や西ドイツ・フランス・イギリスなどの発達した西側先進国工業国と東ドイツ・チェコスロヴァキアの発達した社会主義国を第二世界,それ以外の開発途上国を第三世界として区別する。

【第二次世界大戦前の開発途上国】発展途上国の起源は15世紀のスペイン・ポルトガルの海外侵略に始まる。現地人虐殺とそのあとの奴隷貿易,インド人・中国人労働者の送りこみなどにさかのぼることができ,今日の北の諸国(先進諸国)のイギリス・アメリカはこれらの地域の犠牲の上に築かれたと言えよう。資本主義経済の発展のなかで,富を吸いあげて先進国となった国が出現したが,他方では南の地域は北に富を吸いあげられて悲惨な状態に陥っていった。したがって,世界で最初に工業化したイギリスにしても,その代表的な工業の綿工業は南との結びつきのなかで発展した。ヨーロッパが比較的寒い地域に位置して毛織物が使用されていたため,綿工業の原料である綿花はヨーロッパの外の西インド諸島,後には奴隷制に基づくアメリカ合衆国南部からもって来られ,製品もヨーロッパ以外に,とりわけアフリカ・西インド諸島との三角貿易(イギリスの綿製品をアフリカへ輸出,奴隷を西インド諸島へ輸出,砂糖・綿花を同地域からイギリスへ輸出する)で売られた。19世紀に西ヨーロッパやアメリカ合衆国を中心とする国々は先進国としての地位を確立し,そのほかの国々は原料供給地となり植民地に再編成された。第二次世界大戦以前には,南の諸国は北の植民地的支配のもとにおかれていって北の政治経済のなかに直接組み込まれ,地理的には別の地域にありながら政治経済的には北の諸国の一部分を構成していた。このほかに,中国やエジプトのように形式的には独立国であるが,実際は植民地に近いいわゆる半植民地・従属国の状態で,植民地主義の支配下におかれていた地域が住民数・面積の上で世界の3分の1を占めていたのである。

【第二次世界大戦後の開発途上国】長期にわたる民族解放闘争の結果,第二次世界大戦後,世界のほとんどの地域が独立した。独立の波は1945〜1950年にかけてアジアを軸におこり,1945年8月のベトナム民主共和国の独立,1947年8月のインドの独立,1949年10月の中華人民共和国の成立などに始まって,1952〜1957年にかけては西アジアに,第三波は1957,1958年以降は“ブラックアフリカ”に及び,ラテンアメリカにも及んでいる。とくに1960年は“アフリカの年”と呼ばれ,ナイジェリア・ザイールをはじめ17カ国が独立した。このために1950年代から1960年代に入ると,発展途上国の問題はとくにクローズアップされるようになってきた。独立はしたけれども,経済的自立が思うように進まなかったからである。また,1950年代後半からの独立国の増加と社会主義陣営の内部分裂,1960年代後半からの資本主義陣営での西ヨーロッパ諸国や日本の地位の上昇とアメリカの地盤沈下がおき,国際政治多極化のなかで南の国々が結束して政治的発言力を強めてきた。1955年4月,インドネシアのバンドンでアジア・アフリカ会議が開かれ,スカルノ大統領は〈人類の歴史上はじめての有色人種の国際会議が開かれ,貧困と屈辱のうちに生きた人民の利益が図られなければならない〉ことを強調した。さらに1964年3月には,開発途上国が中心となって国連総会の常設機関として国連貿易開発会議がジュネーブで開かれ,163カ国が参加し,そのなかで77カ国グループ(G77)は新しい貿易と開発の国際政策に共通の関心をもっている事実を明らかにし,〈この統一を将来も維持し,さらに強化する必要があることを確信する〉として国際経済の分野における新しい態度と新しい接近を選択させることを宣言した。

【発展途上国の分化】発展途上国について,世界銀行(IBRD)は経済協力開発機構(OECD)加盟国からギリシア・ポルトガル・トルコを除いた国を“先進工業国”と定義し,これ以外の国からソ連・東欧諸国・南アフリカ共和国などを除外した国々を最も広い意味での“発展途上国”としている。また,世界銀行の『1983年世界経済報告』では,1981年の1人当たり GNP が,加重平均で410ドル未満の国を“低所得発展途上国”,同410ドル以上の途上国を“中所得発展途上国”と分類している。ちなみに1981年の先進工業国の1人当たり GNP の加重平均は1万1,120ドルである。“低所得発展途上国”のなかにはブータンのように1人当たり GNP がわずか80ドルという国もあり,これらの国はとくに“後発発展途上国”(LLDC),“最貧国”などと呼ばれる。国際政治の舞台では大国に名を連ねる中国も世界銀行の分類ではこのグループに入る。一方,“中所得発展途上国”のなかでも工業が発展し,製品輸出が拡大し続けてきた10カ国−ブラジル・ギリシア・スペイン・台湾・ユーゴスラビア・韓国など−について OECD はとくに新興工業国群(NICS)と呼んで区別をしている。これらの国々を俗に“中進国”という。また,1973年の第一次石油危機後に,発展途上国のなかでも産油国と非産油国の経済格差が急激に拡大したため,オイルマネーの還流や国際収支の比較などを論ずる場合には途上国を産油国と非産油国で区別するのが一般的になっている。さらに,開発途上国の1人当たり所得のなかに外国で働く国民からの送金の割合が高く,輸出額の75%を上回る国(エジプト・パキスタン・トルコ 1978〜1979年,世銀『1981年開発報告』)も含まれているのである。

NICS】開発途上国の一次産品価格は著しく不安定で,価格弾力性が低く,工業製品に比べて交易条件は不利になっている。したがって,収益を上げるために工業製品の生産以外の手だてがないのが現状である。そこで,先進国の資金を導入し,関税障壁を設けて輸入代替的な工業化を進めて成功した国が出てきた。工業化は従来の製品輸入に要した外貨を節約し,資本や原料輸入資金に転用できるメリットをもっている。だが,現実には巨額の外貨の導入は外国援助によらなければ対外債務の増大を招き,経済不況による製品輸出の不振とあいまって,新興工業国の経済発展を妨げる重圧となって作用し,激しいインフレをひきおこしている。

【開発途上国の累積債務】開発途上国の対外債務の累積は,1982年産油国のメキシコが返済不能になったのをきっかけに一気に問題が表面化した。OECD の推定によれば,開発途上国の中長期の対外債務残高は最近5年間に1.8倍にふくらみ,1983年末には総額6,060億ドルに達したという(「エコノミスト」1984. 12. 18. P.46)。1970年代の対外債務は新興工業国・産油国および中所得国で増大した。これは長引いた世界不況で一次産品の輸出がふるわず,国際的な高金利の負担が増えたために経済の高度成長を見込んで借りた金を返せなくなったのである。そこで,途上国に融資をした外国の金融機関は貸付金の回収という自国の利益擁護のために結集して,債権国の救済に乗り出すことになったのである。この対策として,債務の繰り延べ(リスケジュール)を話し合うため債権国の金融機関が協調を図っている。1983年末現在の対外債務累積額を国別に見て,メキシコ869億ドル・ブラジル833億ドル・アルゼンチン387億ドル・ユーゴスラビア198億ドル・ナイジェリア233億ドル・韓国401億ドル・インドネシア197億ドルが主だったところとなっている。

【軍拡と財政負担の増大】1983年の時点で,アジア・アフリカ・ラテンアメリカ100カ国(島嶼国を除く)中40カ国までが軍事政権あるいは軍事クーデタにより成立した政権が支配している。軍機構は発展途上国における寡頭層による独裁的支配をくつがえし中産階級の政権掌握をもたらすが,新たな独裁政治を導く場合も多い。民衆のコントロールを受けない軍と官僚エリート支配は汚職や政治腐敗を生みやすく,新たな軍事クーデタをひきおこす。現政権は国内治安問題に対処するため軍隊を強化して,隣国との対立を理由に国論の統一を図る。アフリカ・西アジアなど現在も戦争が続いている。こうした第三世界における軍拡は,インドやブラジルといったごく一部の大国を除けば,先進国からの新兵器の輸入によって支えられている。1983年の発展途上国の貿易赤字は約370億ドルであるが,その半分以上が兵器輸入にあてられた結果生じたと見られるほどである(西川潤『世界経済をみる目』1984)。なお,紛争地域と最貧国を中心に発生している難民と飢餓も深刻な問題である。

〔参考文献〕西川潤『飢えの構造』(増補改訂版)1984,ダイヤモンド社

関寛治『地球政治学の構想』1977,日本経済新聞社

細谷千博・丸山直起編『国際政治ハンドブック』1984,有信堂高文社

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