●八股文 はっこぶん
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中国,明・清時代に科挙で定められた文体。八比・時文・経義・制芸・程文・四書文ともいう。隋代に試験による官吏採用制度ができて以来,唐では科挙に多く試賦を用いたが,宗代には経義による試験が行われた。しかし明代初めまではまだ文体が定まらず,成化年代(1465〜87)に八股文体が成立した。その文は,破題で題字・題意を説破し,承題で上を受け,起講で題の大意を説き,領題で本論に導く。ついで本論には提比・中北・後比・束北があり,最後に落下で終わる。本論は比ごとに両比に分かれており,四つの対句(八つのあし)をつくる。そのため一般に8股があるので八股文と呼ばれた。科挙では経書のなかの1句あるいは1節が出題されるのであるが,受験者はこれを聖賢になったつもりで立論した。明代には正徳(1506〜21)・嘉靖(1522〜66)のころ,古文の筆法で八股文がつくられ,清代には考証学がおこって,経典・史学の研究がすすむとともに八股文も新生面を開いたりしたが,清末の内憂外患のなかで形式的な文体による人材採用は無意味とされ,1901年(光緒27)に廃止された。