●発火法 はっかほう
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食物を調理する際に,欠かせないことは火を使うことである。煮たり焼いたりすることで食べやすくなる食糧のほかに,生では食べることのできない資源さえ,食用に供することができるようになる。また灯火としても活用されることも見逃がせない。火はヨーロッパやアジア地域では旧石器時代人によって使用された証拠は数多く残されている。たとえば北京原人は明らかに火を使用していたが,彼らが自然の発火を利用したものか,発火技術をもっていたかは不明である。火を人工的におこす方法には,摩擦を利用するもの,衝撃を利用するもの,圧縮を利用するものなどがある。
【摩擦によって火をおこす方法】木片同士を摩擦することで強い熱が生ずることを利用している。固定して用いる木片のほうを“鑚台”,動かして用いる木片(鑚木)は“火鋸”“火鋤”“火錐”と呼ばれる。この鑚木の違いで,摩擦による発火法も大きく三つの方法に分けられる。
火鋸を使った発火法は,東南アジア,インド,オーストラリア,ヨーロッパにみられる。鑚台に火鋸を直交させる形で,鋸を引くように前後させる。割竹を用いることも多く,鑚台には刻みがつけてあり,火粉がそこから引火奴に落ちるように工夫され,火がつきやすくなっている。
火鋤を使った発火法は,オーストラリア,メラネシア,アフリカなどでみられ,ポリネシアにはこのほかの方法は存在しないようである。溝を掘った台の木理に沿って火鋤を押し動かし,木屑を一端にためて発火させる。
火錐による発火方法は,ポリネシアを除く世界全域にみられる。ヨーロッパではおそらく新石器時代に始まり,アジアではそれ以上にさかのぼる可能性もある。火錐を回転させる方法は単一ではなく,いろいろな方法がとられる。手によって挟み揉む方法,紐を引いて回す方法,弓を用いて廻す方法,舞錐式(ポンプドリル)の方法などがある。
【衝撃による発火法】二つの鉱石を打ちつけてできる火花を利用する方法は,2個の鉱石の一方がフリント(火打ち石)その他の硅質石になり,やがては鉄と火打ち石の組み合わせとなって広く世界で用いられていた。イギリスでは1827年に摩擦マッチが初めて製造されるまでは,ときおりこの方法が行われ,アメリカインディアンのある部族では,つい最近まで伝わっていた発火法であった。瞬間的な火花から火を得るためには,乾燥したコケやキノコ,植物種子の冠毛などを火口として使用する必要があった。
【空圧式発火法】東南アジア諸族のあいだで使われ,19世紀のフランス,イギリスでも用いられている。気体を圧縮して得た熱を引火奴に移す方法である。
考古学的な遺物からは,衝撃による発火法は旧石器時代からその存在が想定されている。また,イギリス,ヨークシャーのラドストーンの新石器時代の塚から出土した火打ち石と黄鉄鉱塊は,金属を知らない時代にも鉱物を活用しての発火作業の存在を示している。
日本では,弥生時代の遺物として静岡県登呂遺跡から,舞錐式発火具の横木と火鑚臼が出土している。弥生時代のこの発火法は,シベリアのチュクチや,イロクォイ=インディアン,インドネシアなどに類例がある。縄文時代では,福井県鳥浜貝塚や岩手県萪内遺跡出土の小型弓が,火鑚弓と考えられている。またこの時代の火鑚臼は滋賀県滋賀里遺跡で確認されている。
1本の鑚木よりももっと早く確実に発火させる発火器は,北極地方のエスキモーや北方アジアに発達しているが,激しい気候条件や湿気のある地域では火鑚を高速で回転させる必要があったと考えられる。しかしアジア南部にもその分布があり,日本の遺物は,これらの器具の伝幡の過程やその時期を示すものと考えられる重要な資料となる可能性をもっているのである。