●八条宮智仁親王 はちじょうのみやとしひとしんのう
アジア 日本 AD1579 室町時代
1579〜1629(天正7〜寛永6)陽光太上天皇(誠仁親王)第6王子。母は上東門院勧修寺晴子。小名は胡佐麿。豊臣秀吉は宮を厚遇し,猶子となる。しかし,秀吉の側室淀君が鶴松を出生することで,1590年(天正18),一家を創立して八条宮と称した。八条宮はいわゆる四親王家の一つで,その初祖にあたる。のち皇子方が跡を継ぎ,常磐井宮・京極宮・桂宮と宮号を改称した。1591年(天正19),九条兼孝の娘を妃としたが夭逝し,1616年(元和2),丹後守京極高知の娘を迎えた。親王は学才高く,1595年(文禄4),細川幽斎より『伊勢物語』の講義を受けたのち,『雨中吟』『未来記』『古今集』などの伝授を受けた。これを1625年(寛永2),後水尾天皇に進講し,古今伝授が宮中に入る初めとなった。和歌とともに書にも優れ,入木道や応胤法親王より伝授を受け,子に伝えた。桂離宮は親王が苦心造営し,子の智忠親王が竣工した。