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●秦佐八郎 はたさはちろう

アジア 日本 AD1873 明治時代

 1873〜1938(明治6〜昭和13)医学者・細菌学者。山根道恭の八男として島根県に生まれ,秦宗叔の養子となった。1895年,第三高等学校医学部(岡山医科大学の前身)を卒業。1899年,伝染病研究所に入所。北里柴三郎(1853〜1931)のもとで細菌学の研究に進み,ペストの予防注射,免疫血清の創製に実績をあげた。1907年,ドイツに留学,コッホ研究所でワッセルマン(1866〜1925)に免疫学を学び,2年後にフランクフルトのエールリヒ(1854〜1915)の研究所に移り,化学療法の研究を行った。砒素剤の研究から,1909年,エールリヒとともにサルバルサンを発見し,効果的な梅毒の治療法を開拓した。1910年に帰国。1914年,伝染病研究所の移管問題に際し,北里柴三郎の創立した北里研究所に移り,1920年創設の慶応義塾大学医学部教授となる。晩年は組織の深部に作用の及ぶ合成薬の研究に専念した。1933年,帝国学士院会員。