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●畠山氏 はたけやまし

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 武蔵国男衾郡畠山庄の庄司としておこった氏族。桓武平氏である秩父氏から分かれた。秩父重綱の子重能に始まる。重能の子重忠は源頼朝に仕える有力御家人であった。しかし謀反の疑いをかけられ1205年(元久2),一族ともに滅ぼされた。畠山重忠の妻は北条時政の娘であったため助けられ,足利義純に再嫁。義純が畠山氏の名跡を継いで足利系畠山氏が成立した。足利尊氏が幕府を開くと,一門である畠山氏も重用され,畠山国清は鎌倉公方足利基氏の執事となった。しかし,のちに両者は不和になり,国清は基氏の討伐を受けて没落した。国清の弟義深の子畠山基国は3代将軍義満に仕え,明徳の乱の鎮圧により重用され,1398年(応永5),管領に登用された。以後歴代管領になり,細川・斯波とともに三管領と呼ばれた。畠山氏は河内,紀伊,能登の守護職を保持したが,戦国大名への転進には成功せず,江戸時代には5,000石の高家(こうけ)として残った。