●バーゼル公会議 バーゼルこうかいぎ
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ローマ=カトリック教会の第17公会議。15世紀の教会改革会議の最後のもの。スイスのバーゼルで開催された。コンスタンツ公会議で教皇に選ばれたマルティヌス5世は,1431年に招集したが開会前に没し,新教皇エウゲニウス4世が会議にのぞんだ。会議は教会人事の改革や初収入税の廃止など思い切った改革を決議して教皇と対立。1933年,公会議は教皇の意向を無視してフス派のチェコ民族主義運動とプラハ協定の締結に成功し,その威信を高めることになった。こうした教皇と公会議の対立するなか,トルコに圧迫されたギリシア正教会がローマとの合同を望み,教皇はこれを口実に会議を北イタリアのフェラーラに移した。しかし公会議の多数は新皇教にフェリクス5世を選んでバーゼルに残ったが,その過激な行動は世俗君主たちの好意を失い,諸国はエウゲウス側につき,バーゼル会議は敗北のうちに解消した。