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●長谷川如是閑 はせがわにょぜかん

アジア 日本 AD1875 明治時代

 1875〜1969(明治8〜昭和44)ジャーナリスト・思想家。本名萬次郎。東京深川生まれ。1898年東京法学院(現中央大学)卒業後,1903年新聞『日本』,1907年雑誌『日本及日本人』をへて,1908年から『大阪朝日』新聞の記者として,リベラルな〈国民〉主義の立場に立って国家主義批判を展開。1918年,大朝筆禍事件にさいし社会部長として引責退社,翌年大山郁夫らと時代批判の場・拠点として雑誌『我等』(1930年『批判』と改題,1934年廃刊)を創刊し,大正デモクラシー後期の急進的自由主義者として活躍した。民衆〈生活〉の視点から政治的=支配的国家と政治的理性を根底的に批判し,社会改造を主張し,職人世界=都市共同体を原像とする大正〈社会=自治〉主義の可能性を追究した(『現代国家批判』1921,『現代社会批判』1922)。ファシズム期には,マルキシズムにも接近し1932年の唯物論研究会創立にも参加,『日本ファシズム批判』(1932,発禁)を展開し,さらには日本主義イデオロギーの観念性を批判し,日本文化の地下水脈としての実在的性格を実体的に把握する(『日本的性格』1938,『続日本的性格』1942)など,政治・社会から文化・教育にいたるまでのスケールの大きな文明批判家として活躍した。その〈国民=市民〉主義と理性批判の思想は,丸山真男の近代政治思想史学に,また基底的な生活思想は,伊東多三郎らの〈草莽の国学〉に多大の影響を与えた。1947年日本芸術院会員,1948年文化勲章受章。『長谷川如是閑選集』全7巻・補完1巻(1969〜70)に代表作が収められている。

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