●芭蕉布 ばしょうふ
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糸芭蕉の繊維で織った布。沖縄県や鹿児島県の奄美(あまみ)地方では,糸芭蕉を栽培し,それから糸を紡ぎ出し,布を織り,それが夏着として着用された。14世紀末,中国への貢物の中にあった“生熟夏布”は,芭蕉布だろうといわれている。さらに17世紀初期,薩摩藩への貢布のなかに芭蕉布3,000反(たん)があり,以後毎年続いたという。芭蕉布には,製作工程に二通りあったといわれる。[1]ニーガシーと呼ばれるもので,福木(ふくぎ),蘇芳(すおう),紅花(べにばな),藍(あい)などの植物染料によって染色するために木灰汁で精練する。これは上流の着用となった。[2]自然の地色を生かしたもので,織り上がってから反物(たんもの)を精練する。庶民の衣服であった。この芭蕉衣のことを一般にバサーまたはバサージンという。糸は幹の内部へ行くほど細かく,細糸を黒染めした上質のものはクルチョー(黒朝)と呼ばれて式服になった。また自然色の無地物をシルチョー(白朝)とよび,神衣裳または喪着などに用いられた。