●橋姫 はしひめ
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橋のたもとに祭った女神。信仰の渕源は古く,『今昔物語集』や『宇治拾遺物語』そのほか多くの口承説話にもさまざまに語り伝えられている。ほかの女に対して嫉妬深いとされ,いろいろの禁忌が課せられていた。たとえば『出来斎京土産』巻7によれば,宇治橋の宮の前を嫁入りのとき通ってはならず,宇治・久世二郡の民,縁を結ぶには橋の下を舟で通ったという。また『山城名勝志』所引の『為家抄』によれば,宇治の橋姫は夫婦神であるといわれ,また近江勢田橋の畔の雲住寺の『雲住寺縁起』などによれば,この橋の神も男女二社であるという。川にかかる橋は古来,外敵や疫病を防ぐ重要な境界地点と考えられ,境の神の祭祀の場であった。柳田国男は,ここに祀られた神は本来,男女双体の姿であり,これに近寄り,あるいは両者のあいだを通りぬけることは最も忌むべきことで,あえてこれを行えば,神の怒りをひきおこすと考えた。橋姫の姿にはまた,母子神信仰の影響も存した。産女(うぶめ)の姿で現れた橋姫に赤児を抱かされたという話などにそのおもかげを見ることができる。〔参考文献〕柳田国男「橋姫」『一目小僧その他』1934,小山書店