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●箸の文化 はしのぶんか

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 箸を用いて食事をしている地域は中国,朝鮮半島,日本,およびヴェトナムなど東南アジアの一部に及ぶ。箸を用いるという点に関する限り,この地域は一つの文化圏を形成しているといえるが,箸の種類や使われ方は地域や時代によって異なっている。

【中国における箸の歴史と文化】中国における箸の歴史は古く,殷墟から匙とともに青銅製の箸が発掘されていることから,少なくとも紀元前13〜14世紀までさかのぼる。ただし,『礼記』にみえる食事作法によると,周代から漢代にかけて,箸は,飯を食べるものではなく,具の入った羹を食べるときに使うものものとされていた。青木正皃によると,箸のこの用法は少なくとも唐代まで続いた。そして今日のように飯を箸で食べる用法は,南方の粘気のある米とともに始まり,南人が天下を取った明代にこの用法が北方にも波及したのではないかとされている。一方,飯のほうは,当初は手で,後漢のころより匙で食べていたわけであるが,元代から明代にかけて匙と箸の用法が逆転したことになる。しかし,明代中葉でも,北方の蒙古人や女真人は匙で,南方の少数民族は手で,飯を食べていたという記録があることから,箸の普及には地域差・民族差がみられた。また,ヴェトナムで箸が用いられるようになったのも,やはり明代といわれている。

 中国の箸の特徴は,取り分けという分配方式と深く関連している。形状の特徴としては,日本の箸より長く,先がとがってないこと,およびデザインの固定化があげられる。長い箸は取り分げの食べ方に適しているし,デザインの固定化は子供用や男女別の箸がないことと対応している。また,素材としては一般に竹や木が用いられるが,象牙の箸が金持の象徴であったように,高級なものは銀や翡翠なども使われ,高級な箸ほど重たいという指向性があるようである。次に使われ方の特徴としては,箸と匙がセットになっていること,家庭において箸の個人所有がみられないこと,取り箸がないことなどがあげられる。こうした特徴から,宴席において主人が自らの箸で客に料理を取ってやるなど,日本とは異なる箸のマナーが生まれるわけである。

【朝鮮半島および日本における箸の歴史と文化】朝鮮半島に箸が波及したのは漢代からとされているが,半島全域に普及したのは新羅が全土を統一した7世紀後半といわれている。

 箸はチョッカラ,匙はスッカラと呼ばれ,両方をさす言葉としてスジョがある。朝鮮半島では料理は中国のように取り分けも行われるが,日本のように飯床(おぜん)を平生して使うため,中日の両方を融合した食事方法がみられ,箸の特徴もこうした食べ方と関連している。箸の素材からいうと,匙とともに高級なものは金・銀製で,一般にはステンレスが用いられるなど,金属製であることがあげられる。このためか形も日本の質よりも短く細い。また使われ方では,中国同様,匙とセットになっているが,箸を使うのはおかずのみで,スープや飯は匙を使うなど,中国の古い用法を伝え残しているといえる。その一方で,今日の日本のように箸には匙とともに個人所有がみられ,その使い方には,洗練された作法が確立されている。

 日本における箸の歴史は文献の上では『古事記』までさかのぼるが,当時の箸は削った竹をピンセットのように折り曲げたものであったといわれている。日本においても奈良時代から平安時代末までは,貴族の会食において箸とともに匙が用いられていた記録があるが,その後今日のように箸のみで食べるようになった。

 日本の箸の特徴も,匙と併用せず箸のみで済ませる食べ方と関連している。形状の特徴としては,中国の箸よりも短く,先が細くなっていて,食物をつかみやすいようになっていること,素材も,木製の軽いものが好まれ,高価なものは漆塗りや蒔絵など,加工の段階に多くの労力がそそがれていることがあげられる。また形状ばかりでなく,種類にも,菜箸・取り箸・割箸など多くのバラエティーがある。男女別や子供用の箸もそうだし,行事には竹箸や柳箸などが用いられている。さらに箸に関連して,箸置・箸箱・箸袋など,箸にまつわる付属品も各種ある。使われ方としては,中国のように取り分けではなく,規範としてあらかじめ食物が分配されているため,箸は各自の食器から食物を口へ運ぶ道具であり,この過程におけるさまざまな作法が確立されている。また,箸だけで食べなければならないため,箸には切る,はがす,ほぐす,押えるなど,運ぶ以外にも多くの機能が求められている。今日の日本では中国とは対照的に,箸の個人所有がみられ,反面,取り箸を用い,直箸をきらうようになっているのも特徴といえよう。

 近年,中国料理店や日本料理店の普及により,欧米人のあいだでも箸は一つの食具として受け入れられ,箸を使えるということは,かつての日本でナイフ,フォークを正しく使えるのと同じように,一つのステータス=シンボルにすらなりつつある。日本において箸の使い方の乱れがいわれている昨今,われわれは改めて箸の歴史とその文化遺産を考え直す必要があろう。

〔参考文献〕青木正皃『用匙喫飯考』「青木正皃全集」第9巻,1970,春秋社

本田總一郎『はしの本』1978,柴田書店