●バーザルガーン
アジア イラン・イスラム共和国 AD1908
1908〜 タブリーズの出身。イランで初等・中等教育を受けたのち,フランスに留学して熱力学を修め,祖国に戻ってテヘラン大学工学部で教鞭をとった。政治意識が先鋭で,ターレガーニーらと国民戦線(イランの)を結成しており,モサッデグ首相時代には,イラン石油公社総裁の地位にあった。イラン革命の際にもこれに積極的に参加し,ホメイニにより臨時革命政府の長に任じられている。その後アメリカ大使館占拠事件がおこるとともに辞任し,国会議員に選出された。彼は30数種にのぼる小著で政治問題を論じているが,そこではイスラームを基礎におく近代化の道が模索されており,少なからぬ人々に示唆を与えた。現在はむしろ少数派に属しているが,野党精神旺盛な彼は,ときとして多数派の横暴に良心的な批判を加えているようである。