●剥片石器 はくへんせっき
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石器を製作する際に,その素材をどのようにして得るかという違いから,石器の系統を大きく二つに分けることができる。一つは剥片石器であり,いま一つは石核石器である。母岩から剥ぎ取った薄い石片を素材として,それに調整を加えて石器へと仕上げていく剥片石器は,旧石器時代・中石器時代・新石器時代を通して使用された。石核石器が主として,大きく厚味のある石器で武器とか伐採具とかいった力を込めての作業を行うのに対して,剥片石器は小さく,切る・削る・突き刺すといった作業を行う道具であったと考えられる。母岩から剥片を取る作業は,旧石器時代のなかでいくつかの変化があったことが確認されている。クラクトン系文化の剥片は,その母岩(石核)に剥片を取る際,打面を調整していないままで剥ぎ取ったものである。それに対し,ヨーロッパの下部旧石器時代の終わりから中部旧石器時代の初めの時代に位置するルヴァロア系文化の剥片は独自な技法によってもたらされる。ルヴァロア技法と呼ばれる剥片剥離技術は,母岩の上面を平端に剥離し,側面も大まかに整えておくことで“石核”をつくり上げ,剥片を生産する技術である。剥片を組織立って製作しようとする方法が開発されたのである。剥片をどのようにして取るかという技術は,上部旧石器時代に入って大きな変化をみせた。形の整った画一的な剥片を,計画的に量産しようというもので,“石刃技法”と呼ばれる剥片剥離技法である。石刃技法とは,あらかじめ円筒形または円錐形に調整した石刃核から石刃を連続的に取る方法をいう。この技法が誕生したことによって,一定の形状の剥片に少量の調整加工を行って道具を量産することが可能となったのである。
石刃技法の完成を画期として,後期旧石器時代の剥片石器は,その種類を増大させた。掻器,削器,彫器,バックトブレイド,ノッチ,ドリルなど多様な石器群を構成する文化を成立させたのは,剥片剥離技術の改良に多くを負っていると考えられるのである。剥片石器は素材の剥出から調整にいたるまで,打ちたたいての加工によって仕上げられるため,使用する原石が,硬く,均質で,剥ぎやすいものを使用する。ヨーロッパではフリント製のものが多く,日本では,黒曜石・頁岩・サヌカイト製のものがみられる。
日本の先土器時代には,ナイフ形石器,彫器,削器,掻器,尖頭器などの石器が存在し,細石器文化の細石刃も,基本的には石刃技法の延長上の存在とみられるのである。日本の石刃技法もクサビ形細石核からの細石刃剥離技法も,基本的には東アジアの石器文化の流れのなかにあるものと考えられている。剥片石器は縄文時代の石器にも多くみることができる。石鏃・削器・掻器・石匕・石錐などの石器は縄文時代の一般的な石器であるが,やはり剥片を素材としたものである。縄文時代の剥片石器は,素材となる剥片は均一なものではない。石刃技法によらない剥片量産の剥離技法によって剥片を得るのが,縄文時代の剥片の特徴である。縄文時代は剥片の形を生かして石器をつくるのではなく,剥片の形を変更して石器をつくる時代であったらしい。これは調整加工技術の発達によって,剥片を思い通りに変形させて石器をつくるという石器製作に関しての設計思想の根本的変化があったことがうかがえる。こうした手法は,各地の新石器時代に共通してみられる現象でもある。
剥片石器は,比較的小形の石器であることが多く,刺突具,工具として利用されることが多い。石核石器より後出の石器であることはまちがいないが,石核石器の役割に代わるものではなく,むしろ組み合わさって石器文化を形成するものであったことは忘れてはならない。打製石器・磨製石器の場合にも同様なことがいえるが,石器は単一で機能するものではなく,組成をもって機能する生活手段であったのである。