●白馬会 はくばかい
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1896年(明治29),黒田清輝,久米桂一郎らにより,明治美術会から独立して創立された。明治10年代からの国粋主義・洋画排斥運動に抵抗,啓蒙しようとして洋風美術家が大同団結し華々しい活躍をみせた明治美術会(1889年結成)だったが,欧州から帰国した黒田・久米らを中心とした新思想派と小山正太郎らの既成勢力である旧思想派の対立がしだいに激しくなり分裂した。白馬会の作家たちは,光のあたる部分に,黄・明るい緑・赤系統の色を使い,また,影の部分にも光の反映を認め,紫系統の色を使用し,見たままの自然を明るく描写する外光派的な写実主義で社会的に大きな反響を与えた。その紫系の色の多用により,白馬会は「紫派」と呼ばれ,それに対し明治美術会の作家たちは,脂(やに)色を主調とし,陰影を暗黒色にしたので「脂派」と呼ばれた。〔参考文献〕浦崎永錫『日本近代美術発達史〔明治編〕』1974,東京美術
佐々木静一・酒井忠康編『近代日本美術史1 幕末・明治』1977,有斐閣