●パークス
ヨーロッパ 英国 AD1828 ハノーヴァー・ウィンザー朝
1828〜85 アロー戦争期の清,幕末・明治初期の日本で活躍したイギリスの外交官。幼時両親を失い,退役海軍士官の伯父に育てられた。キング=エドワード校卒業。宣教師夫人となっていた従姉の招きで中国に赴き,福州領事館通訳生となり,1856年,広東代理領事。アロー号事件に際しての両広総督葉名シン※注1※との交渉ではアロー号が英船籍にあるとの主張を押し通した。1859年,上海領事。1860年,英仏軍の北京攻撃に際しては和平会談に赴く途中清軍に捕えられ,英仏軍の撤退と引き換えに身柄の釈放を提案されたが,断固拒否した。1865年,駐日特命全権公使兼駐日総領事を命ぜられ横浜に赴任,江戸幕府崩壊期における対日外交にあたった。通商貿易の推進と居留民の保護を主眼とし,内戦には中立を保ったが,薩長両藩との接近も図った。明治維新が成るや,列国に先がけて新政府を承認,明治政府に対する強い発言力を確保し,日本の近代化に貢献した。
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