●馬韓 ばかん
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古代朝鮮半島の西南部(忠清・金羅両道)に居住した韓族。韓族は馬韓以外に洛東江流域に弁韓が、東南隅には辰韓が存在した。弁韓・辰韓は各12の小国で構成されていたが、馬韓には54国が存在した。三韓のうち馬韓が最も優勢で、大国で12万余戸あり、小国でも数千戸あった。総戸数も最大で10余万戸あった。住民はすでに定着生活に入っており、農業を行い、蚕を飼い、布を織っていた。五月の植え付けのあとや10月の収穫のあとには、鬼神を祭り、酒を飲み歌舞を行い予祝し、豊穣を感謝した。各国には天神を祭る主宰者が1人いて、天君と称された。小国には首長がおり、大首長は臣智といい、これにつぐものは邑借といった。真番郡廃止後は楽浪・帯方郡の間接的支配下にあり、両郡に朝貢し、官職・印綬イサク※注1※をもらうものが多かった。楽浪郡覆滅(313)後、帯方郡を滅ぼしたのは馬韓族とされているが、それ以後小国の一つ伯済国が中心となって馬韓の北半部、漢江南岸を中心にして百済国が形成された。
