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●博多 はかた

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 現福岡県福岡市の一部で那珂川右岸の商業地域である。古くから半島・大陸交通の要所として栄えた。律令時代は太宰府の外港として繁栄し遣隋使遣唐使の発着地ともなり外交および外人応接のために鴻臚館警固所が設置された。平安中期より宋文化の流入するところとなり,刀伊の来寇の際には戦場ともなった。鎌倉時代には鎮西(ちんぜい)奉行・鎮西探題が置かれ,元寇にあたり沿岸に石塁が設けられた。室町時代には大内氏が領有し九州探題の所在地,日明貿易の港として栄えた。戦国時代,大友・毛利・島津氏の争奪戦により一時荒廃したが,豊臣秀吉の直轄領となって市街が復興した。1601年(慶長6),入封した黒田長政は福岡(那珂川左岸)に城を築き博多は城下町として編入されたが,福岡の外港として,また商人の町としてその繁栄は維持された。1889年(明治22),福岡市制の施行により,福岡市の一部となってからも,福岡県・九州の政治・経済・文化の中心として繁栄を続けた。