●ハインリヒ=マン
ヨーロッパ ドイツ連邦共和国 AD1871 ドイツ帝国
1871〜1961 ドイツの小説家・エッセイスト。ハンザ自由都市リューベックの裕福な穀物商の長男(トーマス=マンは4歳年下の弟)として生まれた。父親の死後(1891),一家はミュンヘンに移住。彼はイタリアへ旅をするが,このときのイタリア滞在が彼の作風の形成にとって決定的なものとなる。このハインリヒ=マン文学特有の審美的南方的感覚は,一面ロシア文学の世界にも通じる,弟トーマスの北方的で内省的な作風とはおよそ対照的である。彼の小説は,映画のようなテンポの速い筋の運びと視覚的な場面転換を特徴としていた。その基調音となっていたのは,ビスマルクとヴィルヘルム2世指導下の統一国家ドイツ,すなわち,1871年以降のみせかけの経済成長時代のドイツに対する批判であった。『逸楽郷』(1900)は金融資本の氾濫するベルリンを舞台に,有閑マダムとの情事を出世の手段に利用する,田舎出の文学青年を主人公として展開される社会諷刺の長篇小説である。ハインリヒ=マンは輪郭の鋭い戯画化と諷刺化をもって,登場人物を否定的・嘲笑的に描いている。映画『嘆きの天使』の原作である『ウンラート教授』(1905)は,生徒の不規律を批判しながら物欲と愛欲に溺れて破滅する教授を戯画化することによって,また『臣下』(1918)は権力を渇望する青年の卑屈な臣下根性と,その裏返しである権勢欲を諷刺することによって,当時の統一国家ドイツのグロテスクな空洞をそれぞれ暴露し弾劾した長篇小説であった。またハインリヒ=マンは,社会諷刺の小説とは別に,イタリアの小都市で旅役者の一座がかもしだす悲喜劇を軽妙なタッチで描く『小都市』(1909)をはじめ,イタリアに素材をもとめた優れた短篇小説を発表した。テンポの速い映画的場面転換の技法は,短篇小説において,ことのほか見事に発揮されている。弟トーマスと同じく,ハインリヒ=マンも生と精神の対立という基本視点から,実生活を芸術製作の犠牲にする芸術家の空虚な内面を暴露している。代表作となった『ピッポ=スパーナ』(1905)は,20世紀初頭の知識人の精神的風土となったデカダンスの世界を巧みに形姿化したものであった。ハインリヒ=マンの時代批判の精神は彼のエッセーにおいて,さらに鋭く発現している。第一次世界大戦の受け止め方をめぐって,弟トーマスとの不和の原因となった『ゾラ論』(1915)において彼は,フランス革命の精神に基礎づけられた全ヨーロッパ的共和国の,すなわち「文明」の実現という理想を掲げて,従来の因襲化した「文化」中心の非政治的発想に支えられたドイツの戦争擁護論と対決した。彼の立場は,文化の源泉と自称する権力主義的民族国家に対する普遍的理性の擁護であり,彼の民主主義的・急進主義的時代批判のパトスは,彼の評論活動の基本姿勢として,のちのナチズムに対する抵抗源となっている。ナチスに追われ,フランスをへてアメリカへの亡命生活という人生航路のなかで完成された二部作『アンリ四世(1935)』(1938)は,主人公が「寛容の精神」という近代的知性の立場を貫くことによって,宗教戦争という修羅場をくぐりぬけ,名君へと成長してゆく過程を描いた長篇歴史小説である。第二次世界大戦後,祖国ドイツへの帰国を前にして,亡命の地カリフォルニアでその生涯を閉じている。