●ハインリヒ5世 ハインリヒごせい
ヨーロッパ ヨーロッパ AD1081
1081〜1125 中世ドイツ,ザリエル朝最後の国王,神聖ローマ皇帝(在位1106〜25)。1098年,兄コンラートの廃位をうけドイツ王,1104年,自身も反乱を企て父帝ハインリヒ4世を捕え,その死後正式に即位した。彼は叙任権闘争の解決に努め,1110年から1119年までに数回教皇と交渉を行った。最初は,武力を背景に教皇パスカリウス2世から聖職叙任権を奪ったが,マインツなど帝国大司教の相次ぐ離反と教皇側の反撃にあい,再度イタリアに遠征して対立教皇を立てたが失敗した。結局1122年のヴォルムス協約で,教皇カリクストゥス2世との間に妥協が成立したが,それは叙任権を2分し,皇帝には世俗的支配権を笏によって授封する権利を,教皇には指輪授与による司教職の叙任権を認めるものであった。原則的には叙任権が先行したが,ドイツは例外で,いわば皇帝の既得権が承認された形になった。しかし,これにより皇帝権はその神権性を失った。彼には男子がなく,その死によりザリエル朝は断絶するが,それとともに一層の封建化が進行することになった。