●ハイル=アッディーン
アフリカ チュニジア共和国 AD1820
1820〜90 近代チュニジアの政治官僚。マムルーク(白人奴隷兵)出身。フサイン朝のアフマド=ベイに起用されて頭角を現し,1857〜64年にかけては,英仏列強の帝国主義的介入が本格化するなかで,改革派の官僚として,11項目の改革の基本方針を掲げるベイを助け,大いに活躍した。守旧派との対立により改革派はひとたび失脚したものの,1873年,ハイル=アッディーンは宰相として返り咲いて実権を掌握し,近代的改革を推進した。債務償還のための税制の改革・小作慣行の成文化・農政や関税の改正による輸出振興策など,一連の改革はいずれも財政の再建を意図し,民族の独立を守るためのものであった。また,イスラーム法に西欧の近代法をとり入れた法制改革や学制の改革は,その後のチュニジア発展の基礎となった。1877年,守旧派の反撃により失脚。