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●野呂栄太郎 のろえいたろう

アジア 日本 AD1900 明治時代

 1900〜34(明治33〜昭和9)マルクス主義理論家。北海道長沼町に生まれる。小学生のとき関節炎で片足切断。慶応大学経済学部在学中,野坂参三の主宰する産業労働調査所に関係し,日本社会の現状分析や労働者教育に従事。1926年(大正15)卒業論文として「日本資本主義発達史」を執筆。同年学連事件に連座し,保釈後産業労働調査所の常任となり,日本資本主義の歴史と現状の性格をめぐって,共産党の側に立って労農派と論争,日本近代史研究の基礎を築く諸論文を発表し,マルクス主義理論指導者の地位を確立した。1930年(昭和5)1月共産党に入党,翌年羽仁五郎平野義太郎山田盛太郎らと「日本資本主義発達史講座」を企画。1932年10月の熱海事件以後地下活動に入り,宮本顕治らと党指導部の再建に当たり,1933年5月以降は党中央の責任者となり,義足と肺結核の身で奮闘したが,同年11月検挙,警察の取調べで病状悪化,翌年2月病死。

〔参考文献〕塩沢富美子『野呂栄太郎の思い出』1976

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