●祝詞 のりと
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神祭りの儀式のとき神前に奏されることば。祝詞には祝賀の意の強い寿詞(よごと)や祓(はらい)にさいしてとなえられる祓詞をも含む。本居宣長によると「のりと」,は「のりときごと,宣説言」の略で宣も説も上と下にいい聞かす意味があるという。「のっと」「のと」ともいう。ことばに呪力を認め,ことばによって神と人との交流がなしうると考えた時代の所産といえる。記紀にも断片的にみえるが,まとまったものとしては927年(延長5)にできた『延喜式』に28篇,12世紀にできた『台記別記』に1篇みえる。これらは神祇官・神宮・神社の祭祀に伴いとなえられることばであり,「東(やまと)の文の忌寸部(いみきべ)の横刀(たち)を献る時の呪」のみが漢文体で,ほかは漢字表記による国文体で,語尾や助詞の類は小文字で記す宣命体をとる。文末は「宣(の)る」で終わるいわゆる宣命式と「白(もう)す」で終わるいわゆる奏上式の2類に分けられる。ただ「六月の晦(つごもり)の大祓の詞」は宣命式であるが,『朝野群載』には奏上式に記されるような例もあって,その区別は絶対的ではない。内容は祭りの由来や伝説をのべる前半部と,供え物や祈願の趣旨をのべる後半部とから成る。祝詞の製作年代や作者についての記録はないので,本文から考えねばならない。大和国の久度・古関両社の祝詞は,この神社の成立が平安時代にあるので,新しい時代のものとされる。「出雲の国造(くにのみやつこ)の神賀詞(かんよごと)」は賀茂真淵によると6世紀の欽明朝のものとされるが,確実な証拠のあることではない。「大殿祭(おおとのほかい)」や「六月の晦の大祓」の祝詞は一般に古いとされるが,それでも7世紀後半を遡るものと考えるのは危険であろう。祝詞をとなえる氏族はきまっている場合があり,斎部(いんべ)氏・中臣氏・出雲氏がそれで,彼らは彼らがとなえる祝詞の製作にたずさわったものとみられる。古代の祭祀・神話,古語の研究にとって重要な資料となっている。〔参考文献〕『古事記祝詞』日本古典文学大系,1958,岩波書店