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●ノモンハン事件 ノモンハンじけん

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 1939年(昭和14)「満州国」とモンゴル人民共和国の国境ノモンハンでおこった日・ソ両軍の局地戦争。同年5月,関東軍は日中戦争の泥沼化からの脱却の契機とし,かつ対ソ強硬方針をいよいよ実践に移すべく,在満の総兵力を動員して,モンゴル-ソヴィエト軍にあたった。しかしながら,戦車や飛行機などソビエト軍の近代装備は圧倒的に優越しており,日本軍は一個師団壊滅など完膚ないまでに大敗した。8月独ソ不可侵条約の締結発表によりナチス=ドイツ軍に呼応してソヴィエト軍を背後から攻撃するという大戦略目標が無効となったため,日本側から停戦を申し入れた。9月16日,モスクワで停戦協定が成立。敗戦の責任を負って,植田謙吉関東軍司令官と磯谷廉公参謀長が待命となった。この軍事的敗北を正面から客観的に分析することは,戦前期いっさいなされなかった。

〔参考文献〕島田俊彦『関東軍』1965,中央公論社