●ノーフォーク島 ノーフォークとう
大洋州 オーストラリア AD
シドニーの北東1,676kmの洋上にあるオーストラリアの海外領で中心地はキングストン。1744年ジェイムズ=クックの第2回航海中に発見された島であり,1788年にはポート=ジャクソンより囚人が移送され,オーストラリア本土とともに流刑地となった。しかし港湾施設の不備・コスト高・オーストラリア本土から遠隔であるという悪条件のため,本島への流刑は1813年に一時閉鎖された。1825年に再開され,1856年まで流刑地として存続しつづけた。オーストラリアが流刑地でなくなり,自由移民による自治植民地となるにしたがい,ノーフォーク島の機能も変化し,バウンティー号反乱の生存者の子孫194人が1856年にピトケアン島から移り住み,それ以来ピトケアン島民が主要な定住者となった。オーストラリア本土からの移民は第二次世界大戦後に増大した。1913年にはニュー=サウス=ウェールズ州に代わってオーストラリア連邦政府が直接管理する特別地域に,また1979年にはノーフォーク島法により立法評議会が設立された。観光客は1970年代に急増し,観光業は島民の生活を支える主産業にまでなった。これに伴い労働市場が開拓され,1961年に844人であった人口が現在約2,000人に達している。