●野田の醤油 のだのしょうゆ
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千葉県北西部にある野田は,江戸川東岸に位置し,1640年(寛永17)以降,江戸川水運の河港として開かれた。野田の主要産業は醤油である。醤油はもともと近世初期から中期に,京坂や湯浅(紀伊)などに発展,大坂を通じて江戸市場へ送りこんでいた。のちに播州竜野・備前児島・讃岐の小豆島・江州日野が台頭し,それにつづいて近世後期にいたって,関東の銚子・野田が発展しはじめた。関東醤油地帯の発展は,近世後期に関西醤油を駆逐した。醤油原料の仕込み分量は極上品で大豆5斗,小麦5斗,塩5斗,水1石という割合であった。関東では濃口醤油が多い。野田の地名は,足利持氏のころ,宿臣野田氏をおいたことよりおこる。明治に入ってから野田醤油会社がおこり,大発展をとげ,1921年ごろには野田醤油工争議があった。その結果,茂木氏が勝って争議を鎮圧し,合理化をした。その後さらに発展し,戦後はますます巨大化し,海外輸出の九割を産出している。