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●能登 のと

アジア 日本 AD 

 能登半島,石川県羽咋(はくい)郡以北。南は加賀・越中,東と北は日本海に面している。縄文時代は中期が全盛で堀松貝塚などがある。弥生時代次場遺跡から珍しいホウセイ※注1※内行花文鏡が出土,銅鐸の北限もこの付近といわれる。珠洲・七尾などに古墳群がある。古くは能登・羽咋の二国,のち越前・越中に属したが,757年(天平宝字1)から一国となった。国府・国分寺はともに鹿島郡(現在の七尾市)に置かれ,大伴家持源順などの国司が赴任した。平安時代末期には,平家の知行地が多かった。能登の延喜式内社には,羽咋の気多(けた)大社をはじめ43社が入っている。荘園体制に移るのは中世に入るころで,地元から守護が現れたのは14世紀,はじめ吉見・桃井氏ら,のち畠山氏が七尾城を本拠に11代約200年間能登を統治したが,1577年(天正5)上杉謙信に亡ぼされた。江戸時代ははじめ前田利政が七尾に21万5,000石で封ぜられたが,のち加賀前田氏に併合された。廃藩置県後七尾県,1872年(明治5)石川県となり今日に至っている。

〔参考文献〕下出積與『石川県の歴史』1970,山川出版社

『郷土の歴史中部編』1959,宝蔵館

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