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●農兵 のうへい

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 江戸時代の終わりに幕府や諸藩では農民を徴集し,兵隊組織として編制した。江戸時代を通して,非生産的な武士を土着させ,一度ことあれば農民を率いて戦に出させるという兵農一致論が論じられた。それは財政削減の必要と,都市の生活が武士の気風を退廃させるという理由から生じて,古くは熊沢蕃山から,荻生徂徠・藤田東湖などの考えにみられる。こうした武士土着論は幕末にいたり,財政が逼迫した時点で実施した藩もあった。そのような状況から農兵を募集するという考えがおこり,1849年(嘉永2),伊豆韮山代官江川太郎左衛門は農兵取り立ての建議を幕府に提出し,のちに実施した。水戸藩では1855年(安政2)よりこれに着手し,紀伊・土佐藩でも同制度を用い,明治維新当時は大半の藩が農兵をもっていたことが知られている。こうした農兵取り立てを行った理由は,第1に百姓一揆への対抗,第2に海辺防備の補強,第3に西欧流戦術に対処するためである。