●捻軍 ねんぐん
アジア 中華人民共和国 AD
太平天国に呼応して淮北(安徽・江蘇・河南・山東の交界一帯)におこった農民革命軍。捻とは淮北の方言で,組・隊の意。一種の仁侠団体で,私塩の密売や輸送・賭博・宗族間の武闘(械闘)などに関与し,地方官衙を無視し,郷曲を武断していた。淮河水系の治水の放任の結果おこった黄河流域の大水害(1841〜44,道光21〜24)を契機に清朝の税糧収奪と高利貸による搾取で窮乏していた農民が一挙に捻党に結集してから勢力が発展し,1853年(咸豊3)の太平天国の北進に呼応して各地で蜂起した。1855年(咸豊5)には各捻が連合して張楽行を盟主とし,清軍に対抗した。1858年(咸豊8)には太平軍に協力して湘軍を大敗させるほどの勢いを示した。しかし1862年(同治1)サンゴリンチン(僧格林沁)の蒙古騎兵による急迫戦法を受けて張楽行が捕殺されてから勢いは弱まり,民衆を捻軍から分離し,黄河などに柵を設けて追い込むという曽国藩や李鴻章の作戦を受けてから,敗勢にむかい,1866年(同治5)東西にわかれ,1868年(同治7)に完全に鎮圧された。