●ネロ
ヨーロッパ イタリア共和国 AD37 ローマ帝政
37〜86 暴君として知られたローマ皇帝。(在位54〜68)ドミティウス=アヘノバルブスとアウグストゥスの曽孫アグリッピナの子。母アグリッピナは夫の死後クラウディウス1世と結婚し,ネロを養子として帝位継承者にさせる。ネロは哲学者セネカから哲学・修辞学・ギリシア語を学ぶ。クラウディウス帝死後近衛軍らに推されて皇帝となる(54)。治世の初めはセネカや近衛長官アフラニウス=ブッルスらの助言や後見を得て比較的平穏であった。しかし母アグリッピナとしだいに不和となり,帝位を奪われることを恐れてクラウディウス帝の実子で義弟のブリタニクスを暗殺したのについで,母アグリッピナ・妻オクタヴィア・後妻ポッパエアを次々と暗殺し政治は放埒となっていった。ギリシア文化に傾倒して音楽・詩・競技を愛好し,自ら詩をつくり,たて琴をもって舞台に立ったりした。66年にはギリシアに行きオリンピア・デルフォイなどの四大祭典を行い,自身戦車競技に参加した。64年ローマの大半を焼いた大火の際にはリュラを弾きながらトロイ炎上の詩を吟じたといわれ,火事の責任をキリスト教徒に転嫁し迫害した。またローマ市の復興のために増税や富裕な市民の財産没収を行った。65年ピソを首謀者としたネロ殺害の陰謀が発覚し,かつての師セネカをはじめ多くの富裕なローマ人が処刑された。68年ガリアのヴィンディクスやヒスパニアのガルバらの反乱がおこりネロはローマを逃れて自殺し,ユリウス=クラウディウス朝は断絶した。
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